アジア大会レポート
2010年8月1日
開催日:2010年7月23日~25日
開催場所:ホーチミン市 ベトナム
上記の日程でアジア大会が行われました。
上記の日程でアジア大会が行われました。
ITFテコンドーが普及している国々の中でも、アジアは地域が非常に広く、また経済的にも発展途上の国々が多いため、移動のために大変な苦労をして国際大会に参加する国がほとんどです。
そのような中、ここ数年間、ポーランドの師範を招致して、ITFテコンドーの技術の習得に努め、技術の発展著しいベトナムが、アジア大会の開催国として名乗りをあげました。
ベトナムは、先日のハイチ大地震にみまわれてお亡くなりになった、トラン・トリュ・クァン総裁の母国でもあります。また、WTFテコンドーが非常に盛んな国でもありますが、最近は、ITFテコンドーへの関心が急速に高まっているようです。
また、WTFとITFが、上部組織として一つの組織に所属し、相互の交流が盛んという、うらやましいお国柄でもあります。
今回のアジア大会には、日本、ベトナム、中国、香港、ウズベキスタン、インド、インドネシア、イラン、アフガニスタン、そして、環太平洋の国として、次回世界大会開催国であるニュージーランドから選手が出場していました。
なお、今回は選手を派遣できなかったカザフスタン、韓国等も審判、スタッフを派遣し、今後も各国が協力しあって、自立したアジア連盟運営を行なっていく、という趣旨で、アジア会議が行われました。
それでは、これより少しカジュアルに大会の模様をレポートさせていただきます。
7月22日(木) 日本出発、ベトナム到着
日本より選手団が出発、当日中にベトナムへ到着です。
ベトナム・ホーチミンへのフライトは約5時間、日本との時差は2時間。毎回、ヨーロッパや北南米へ、10数時間(特に、去年のアルゼンチンへの世界大会では30数時間!)の移動に比べれば、選手のみなさんの疲労は大分軽かったのでは?
深夜に空港に到着すると、ITFのスタッフがお迎えに来ています。
一部メンバーは、昨年行なわれたベトナムでのセミナーでも顔を合わせているスタッフだったので、まずは再会のあいさつから始まりました。
私は韓国経由で到着しましたが、インチョンからウズベキスタンの選手団と一緒のフライト。直行便ではなく、乗り継ぎで合計10時間以上のフライトだったそう。アジアは広い(というか交通の便が悪い?!) しかし、ウズベキスタン…いかつそうな選手が多いです。
この日はホテルに到着するとすぐに就寝、翌日はスタジアムにて選手の受付、そして午後より計量です。
7月23日(木) 午前中 選手登録、全体練習、審判ミーティング、午後 計量
選手登録を済ませ、午後の計量前に、型の全体練習をすることに。
ホテルのスタッフに頼んで、午前中にホールを開放してもらい、キム師範の指導で型の最終チェックを行います。
選手が練習している間、今回日本より始めて国際審判として参加した菅谷師範は、長時間にわたる審判ミーティングに参加、お疲れ様です。
練習を終えて、さてランチ!とレストランへ行くと、「チケットがないので食べられません。」とのこと! すべて「上の人に聞かないとわからない。」という対応で、非常にイライラさせられること1時間近く…。
こちらも懸命の抗議で、時間を大幅に過ぎたものの、ようやく食事にありつけることになりました。
ただ、計量前で、きちんと食事を控えていた選手が多く、実害(?)がそれほど大きくなかったのだけがせめてもの救い…。
国際大会では、常に手違い、連絡不足が起きがちなので、主張するところはしっかりする、という心構えが特に必要です。
午後の計量は、無事に全員通過、夜からはみんなガッツリ食べて、翌日からに試合に備えます。
三食はホテルで出るのですが、朝はビュッフェ形式で、洋食、ベトナム料理、中華料理のバリエーションが楽しめます。
四つ星ホテルなので、食事も安心…なはずなんですが、慎重なメンバーは、ホテルのものでも水や氷をきちんと警戒していました。
常駐のシェフに頼むと、フォーやオムレツをその場で調理してくれます。
ベトナムは、かつてフランス領だっただけあって、パンも美味。また、南国のフルーツもどっさりです。私はプリンが特に気にいって、毎度食事の最後はビュッフェのプリンで締めていました。
7月23日(木) 夜 開会式
国際大会の開会式は、なぜか夜に行なわれることが多いようです。
開会式につきものの演武ですが、まずはベトナムのカラテ(?)、武術(ウーシュウ)、韓国のWTFの演武団、中国の武術(ウーシュウ)、そしてニュージーランドチームによる演武が行なわれました。
特にウーシュウは非常に俊敏な動きで、目を奪われました。
ニュージーランドの型(ムンム)を行なった師範は若干26歳、アルゼンチン世界大会で、ポーランドのススカ師範と優勝を争って惜しくも敗れた師範。動きが切れ切れで、今の型のトレンドを感じさせる内容でした。
7月24日(金)午前 アジア会議、自主練習
午前中、はるばる日本より応援に来てくださったITF‐JAPANの忠岡会長は、理事長の金省徳師範とともにアジア会議へ参加します。
この日の主なテーマは、アジアの各国が、自立したITFテコンドー団体としてどのように発展していくか、具体的には、今後のアジア大会などの開催について、話し合われたとのこと。
公式会議はこの一回だけなのですが、ITF本部からは、トラン総裁亡きあと、代行総裁を務めていらっしゃるトラフテンバーグ師聖(アルゼンチン)も来られていたことから、各国代表は、個別に総裁に話をしたり(陳情?)、またアジア各国の代表同士も、あちらこちらで話し合いをしている様子がうかがわれ、各国のロビイ活動が繰り広げられている、という様相です。
日本からも、忠岡会長と金理事長がトラフテンバーグ師聖に呼ばれて話をしました。
主な話題は、ITFに加盟を希望しているという他の団体からの申請が日本から上がっていること、そして、この団体についての説明を求められるとともに、その件については日本の協会内で対応したらよいのではないか、という理事会からの意見を述
べられました。
さて、このような話が行なわれている一方、選手の一部は、サイゴン川のほとりへ自主練習に向かいます。
ベトナムといえばバイク! 道路の信号はあってなきがごとし、しかも信号がない道がほとんど! バイクの洪水が押し寄せてくるのをうまく交わして渡れないと、ホテルからワンブロックも移動できません。
コツは、バイクとアイコンタクトしながら、とにかく思い切って進むこと。不規則な動きはせずに、堂々と歩くこと。
最初のうちは押し寄せるバイクに恐れをなしていたメンバー達ですが、2日もたつとすっかり慣れて、現地の人なみに道路を渡れるようになっていました。
練習場所を確保するためにウロウロしていると、川で遊んでいる裸足の子供達の集団がやってきて、つかまえたカエルをこちらに誇示するように見せびらかし…よりによってカエルが最も苦手だというメンバーのもとへ…。
なんとなくみんなで荷物を囲むように守りつつ(苦笑)、練習開始。
今回の大会では、団体競技もあるため、人数が揃った時点で一応エントリーはしたのですが、参加選手達はみな個人競技のためにやってきているため、団体トゥルの練習はほとんどしていません。
男子は、もはや個人戦しか眼中にないような感じで、それぞれに練習をしますが、女子は、数少ないメンバーで珍しく団体が組めるとあって、「一応、行進は練習しよう。」と、入場、退場の行進を練習、その合間に型を合わせる、という感じで練習をしました。
野外での練習でしたが、実は、このときのベトナムの気温は日本よりもずっと涼しかったので、結構長い時間練習していても大丈夫でした。
とはいえ、練習の後は、冷房のきいたカフェに、甘くて冷たいベトナムコーヒーを飲むために直行しましたが…。
7月24日(土) 午後 試合(型)
午後より、型の個人戦、及び団体戦、また日本は出場しませんでしたが、プレ・アレンジドスパーリング(パンチャユ・マッソギ)が決勝まで行なわれました。
日本からの入賞者は次のとおりです。
1段男子 第3位 佐久本巧也 岩崎勝弥
2段男子 優勝 坪井功次、第3位 貴志英司
3段男子 優勝 豊永誠史 準優勝 岸玄二
1段女子 準優勝 沢夕子 第3位 上山純世
2段女子 第3位 北澤香織
3段女子 準優勝 関口紀子
2段の坪井選手は、チャユ(自由)ですべてチュチェを選択、素晴らしい演武で見事優勝を勝ち取りました!
写真は、とても安定感のあるチュチェの回転しながらのヨプチャチルギ。
3段の男子トゥル決勝は、岸副師範と豊永副師範の日本対決…。どちらが勝ってもうれしいのですが、勝者は一人…。
結果は豊永副師範が見事優勝、ドイツの世界選手権(当時1段)に引き続き、二度目の国際大会チャンピオンとなりました。
団体戦は、参加することに意義がある…という感じでありましたが、型自体はどこのチームにも負けないものだったように思います。しかし、採点基準にプレゼンテーション(行進など…)が含まれるため、練習量の勝負ということになりそうです。
団体トゥル、チャユは女子がケベク、男子がポウン、でした。
審判は、通常の国際大会では5人制なのですが、今回はアジアのメンバーを中心に、アジア主体でスタッフを出していく、また後進の審判を育てて行く、という趣旨もあり、メインは3人制の審判で行い、あとは国際大会の実践訓練をつむための審判補佐(実際に判断には参与しない)という形態で行なわれました。
今回の大会を通じて感じたのですが、アジア大会では、スタッフ、選手ともに、アジアの各国が自立して活動できるように、できるだけITF本部に頼らず、アジアの各国から出すメンバーを育てて行こう、という趣旨が強く感じられました。
また、ベトナムからの審判が数多く出ていたため、審判の判断に対する異議が重なる場面もありました。
国際大会というのは得てして偏りが出てしまうもの、それを構造的に排するには、サッカーのワールドカップのように、完全な第三国による審判が必要ということになります。
しかし、そこまで審判の人数を確保することは困難ですし、あとは審判の質の向上、そして審判に対する問題提起が今後も必要になってくるのではないか、と思いました。
今回、初めて菅谷師範が審判として参加して、審判の内部からの質の向上に大いに寄与していただけるとともに、納得のいかない判断については、明確に、理由をしめして異議を示すことで、両面から良い方向で働きかけができればいいなあ、と思っております。
しかし、その問題を除外しても、今回、ベトナムのトゥルが、昨年のセミナーのときに比べて格段に進化していたのには、本当に驚きました。今後、ベトナムは、アジアでは強敵になっていきそうな予感がします。
今回、トゥルはニュージーランドが数多く優勝しましたが、次回の世界選手権に向け、前回世界大会くらいから選手のレベルアップ、そして選手層の厚さ(若い選手が多い!)が印象に残りました。
7月25日(日) 試合、マッソギ(組手)
2日目はマッソギが決勝まで行なわれました。
マッソギは、トゥルではあまり活躍しなかったウズベキスタン、そしてアフガニスタンが活躍していました。
日本も、マッソギでは大健闘、結果は次のとおりです。
男子マイクロ級 準優勝 貴志英司
男子ライト級 準優勝 岸玄二
男子ミドル級 優勝 佐久本巧也
貴志選手の美しいティミョ・トラヨプチャチルギ
スピードは随一! 岸副師範
見事優勝!佐久本1段
準優勝の二人は決勝ではニュージーランドに敗れたのですが、本当に惜しく、優勝してもおかしくないような試合だったと思います。
優勝した佐久本1段は、決勝でウズベキスタンと対戦、今回マッソギで目立っていたウズベキスタンですが、途中、ウズベキスタンによる反則があり失格、試合後、次回は最後まで試合をしよう、と健闘をたたえあっていた姿が印象的でした。
組手でもベトナムは活躍しており、どの選手もファイティング・スピリットにあふれていて、見ていてとても気持ちの良い選手が多かったです。
アフガニスタンは、代表者が「We’re Taliban」と金師範に語っていたそうで(国情からして、当然なのですが…)、そのせいか、試合も非常に気合の入ったものに見えてしまいました。
今回、強打を非常に良くとる審判がいたのですが、アフガニスタンは最も強打で注意(ときには失格)を受けていた選手が多かったようです。
ちなみに、アジア大会の開催にアフガニスタンも名乗りを上げているのですが、日本から参加できるかは微妙ですね…。
こちらは団体戦を戦い終えたウズベキスタンとニュージーランドチーム。ライト級までの選手と、それ以外の選手との体格差が…。
7月26日(月)
試合も終えて、最終日は出発まで自由時間。
宿泊したホテル(オスカー・サイゴン)が、ホーチミン市の中心地にあるため、試合期間中も時間を見つけては近所の観光スポットを歩き回ることができました。
ベトナムといえば…、フランス植民地時代の美しい建物、ベトナム戦争にまつわる歴史(戦争記念館や、サイゴン陥落のときに戦車が入場した元大統領府など…)、活気溢れる市場、可愛らしい雑貨、おしゃれなカフェなど、だいたいがホテルの周りで見ることができました。
私は、前回のベトナムセミナーのとき、歴史関係の建物は探訪したので、今回はカフェと雑貨関係で楽しみました。
ベトナム戦争当時、アヘン工場だったという跡地を改装して、とてもおしゃれなカフェにした「Refinary」、写真はないのですが、西麻布にあってもおかしくないようなお店です。ここで、滅茶苦茶甘いスイーツを、関口副師範、佐久本1段といただきました。
雑貨も、ホテルから少し足を伸ばすと、バッグや靴など、可愛らしくて、質もまあまあ良いものが安く入手可能。百貨店にいくよりも、街の雑貨屋さんの方がおすすめです。
今回監督として参加した李師範は、水牛の印鑑を作っていました。とても安いので(15ドルくらい?)、ビックリです。
あとは「マッサージ」! どの店も、ミニスカートの女性が一生懸命マッサージをしてくれるのですが、相場は1時間15万ドン(日本円で1000円弱)程度。メインは指圧、香港式、台湾式が多いようです。
私も、ベトナム滞在中、合計で5時間くらい、マッサージに時間を費やしました…。
このように経済格差がある国だと、安くて食べ物やお買い物、レジャーが楽しめる。また熱帯気候で、建物もオープンエアな作りでリゾート気分が味わえる。古くて美しい建物をおしゃれにしつらえたカフェもたくさんあります。
「コロニアル風(植民地風)」という言葉がありますが、欧米人からすると、アジアの国々に自分達の文化を持ち込みつつ、安くてリゾートな生活ができる、というのは、アジアに対する戦略という部分を除外しても、憧れるものではなかったのか、と感じました。
2年前のガイドブックを持って、100年前の古い美しい建物の中にあるのが売りの自然化粧品ショップに出向いたところ、「人民委員会(!)の命令で、老朽化したビルは取り壊しになり立退きになりました。」という張り紙を見つけました。ベトナムも、古い建物がどんどん壊され、近代的なビルが立ち並ぶ町になっていくんでしょう。
でも、ホーチミンの中心地に程近いベンダイン市場は、まだまだずっとこのまま?洋服、食べ物が処狭しと並んでいて、日本語が堪能な客引きがひっきりなしに声をかけてきます。
女の子には、サンダルをセミ・オーダーで作ってくれるショップがあったり…。南国の果物も色とりどりでそそります。
しかし、食べ物の匂いに参ってしまったメンバーもちらほら…。
こちらのおばさんは、「ドリアン・ジュース」をつくっているところ…。チャレンジしてみましたが、タマネギの味(?)がして、ひとくちで降参してしまいました…。
街歩きをしている人も道端で座って一生懸命日本語を勉強している男の子を何人も見かけたり、ベトナムは勤勉なお国柄、というのは確かにそうなのかもしれません。
トラフテンバーグ総裁のお話を聞いていて思ったのですが、アジアの各国に期待しているのは、「チェ・ホンフィ総裁が作りあげたITFテコンドーの技術を、きちんとした形で残し、広めていくこと。」に尽きる、ということなのではないか。
今回、ベトナムでの大会で、ベトナムの躍進ぶりを見て思ったのは、ITFを新しく取り入れた国であっても、きちんとした師範が普及に入り、それを受け入れる国自体が真剣にITFの技術を習得しようという努力をしていること、それが一番必要なのではないか、と思いました。
今回のアジア大会を契機にして、さらにアジア各国とのレベルの高い交流ができるようになることを期待したいと思います。